はじめに:バスのシートベルト着用義務を深く解説
バスは私たちの日常生活に欠かせない移動手段であり、通学、通勤、観光など様々な目的で利用されています。しかし、「バスに乗る際、シートベルトの着用は義務なのだろうか?」「路線バスにはなぜシートベルトがないのだろう?」といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この記事では、バスのシートベルト着用義務について、法律の観点から詳細に解説します。バスの種類ごとの着用ルール、シートベルトを着用しないことのリスク、そして2点式・3点式シートベルトの違いまで、専門的な内容を初心者にも分かりやすくお伝えします。
バスにおけるシートベルト着用義務の現状
路線バスのシートベルト着用義務:なぜ不要なのか?
「バスにシートベルトがない理由を知りたい人」の多くが疑問に感じるのが、路線バスのシートベルトに関する規定です。結論から申し上げますと、乗車定員11名以上の路線バスには、乗客のシートベルト着用義務も、客席へのシートベルト設置義務もありません。これは道路運送車両の保安基準第22条の3で明確に定められています。
では、なぜ路線バスはシートベルト義務の対象外なのでしょうか?主な理由は以下の通りです。
- 短距離移動と頻繁な乗降: 路線バスは駅間や区間を短距離で移動し、多くの停留所で乗降が行われます。乗降のたびにシートベルトを着脱することは、運行の効率性を著しく損ない、利便性を低下させます。
- 立ち乗りの想定: 混雑時には立ち乗りが一般的であり、立っている乗客にシートベルトを着用させることは物理的に不可能です。
- 走行速度と事故リスク: 一般道を比較的低速で走行することが多いため、高速道路を走行するバスと比較して、衝突時の乗員への衝撃が相対的に小さいとされています。
しかし、シートベルトの設置義務がないからといって、安全対策が不要なわけではありません。路線バスの運転手は、急ブレーキや急ハンドルを避ける、車内アナウンスで注意喚起を行うなど、様々な方法で乗客の安全確保に努めています。乗客の皆様も、走行中は手すりやつり革をしっかりと掴み、着席時には深く腰掛けて安定した姿勢を保つことが大切です。
高速バス・貸切バスのシートベルト義務:全席着用が原則
「高速バス」や「貸切バス」は、「路線バス」とは異なり、運転手を含む全席でシートベルトの着用が義務化されています。これは、2008年(平成20年)6月1日に施行された道路交通法改正(第71条の3)によるものです。この義務化は、過去に発生した高速バスでの重大事故(例:2012年の関越自動車道高速バス居眠り運転事故や2016年の長野県軽井沢町スキーバス事故など)を教訓とし、乗客の安全を最優先するため導入されました。
高速道路を走行する機会が多いこれらのバスでは、万が一の事故の際に、乗客が車外に放出されたり、車内で激しく打ち付けられたりする危険性が高まります。シートベルトは、このような状況で乗客の命を守る「命綱」としての役割を担っています。
運転手は、発車前や高速道路に入る前などに、シートベルト着用のアナウンスや目視確認を行うことが義務付けられています。乗客には着用が求められますが、着用しなかった場合の乗客への直接的な罰則はありません。しかし、バス会社には行政処分が科される可能性があり、何よりも乗客自身の命に関わるため、指示に従い必ず着用することが重要です。
幼児のシートベルト着用義務:特別な配慮が必要な場合
「幼児のシートベルトの着用義務は?」
「幼児バス」の利用におけるシートベルトの疑問も多く聞かれます。
一般的に、幼児を乗せる「送迎バス」や「スクールバス」(特に幼稚園や保育園の送迎に使われる「幼児バス」)には、現状では幼児用のシートベルトの装備義務はありません。これは、幼児の体格差が大きく、既存のシートベルトでは適切にフィットしないこと、また緊急時に迅速な避難が困難になる可能性などが考慮されているためです。
しかし、2022年の静岡県での送迎バス置き去り事件などを受け、国土交通省は幼児の安全確保を強化する方針を示しており、2025年度から2026年度を目途に、幼児向けの適切なシートベルトの導入や、安全装置の設置を義務化する動きが進められています。将来的には、幼児の乗車時にも専用のシートベルトやチャイルドシートのような安全装備の着用が義務付けられる可能性が高いでしょう。
【表1】バスの種類別シートベルト着用義務まとめ
バス種類 | 運転手 | 乗客(座席) | 乗客(補助席) | 補足事項 |
路線バス | 義務 | 義務なし(設置義務なし) | 義務なし(設置義務なし) | 短距離移動、頻繁な乗降、立ち乗りを想定。 |
高速バス | 義務 | 義務(設置義務あり) | 義務(設置義務あり※新しい車両は原則) | 高速道路走行が多い。乗客への罰則はなし。 |
貸切バス | 義務 | 義務(設置義務あり) | 義務(設置義務あり※新しい車両は原則) | 高速道路・一般道問わず義務。乗客への罰則はなし。 |
送迎バス | 義務 | 義務なし(一部車両は設置) | 義務なし(一部車両は設置) | 一般道を走行。幼児の安全対策は今後強化される見込み。 |
スクールバス | 義務 | 義務なし(一部車両は設置) | 義務なし(一部車両は設置) | 同上。幼児の体格差や緊急時避難の困難さが考慮される。 |
マイクロバス | 義務 | 義務(設置義務あり※2012年以降製造車両は原則3点式) | 義務(設置義務あり※新しい車両は原則) | 定員が比較的少ない貸切用バス。 |
シートベルトの種類と正しい着用方法
バスのシートベルトには主に「2点式シートベルト」と「3点式シートベルト」の2種類があります。それぞれの特徴と、正しい着用方法を知ることは、安全確保のために非常に重要です。
2点式シートベルト:腰部分を固定するタイプ
「二点式シートベルト」は、座席の左右からベルトが出ており、腰部分を横一文字に固定するタイプです。主に路線バスの運転席(古い車両の場合)や、高速バス・貸切バスの後部座席、補助席などで見られます。
- 特徴: 構造がシンプルで、シートベルトが比較的目立ちにくいことがあります。衝突時には上半身が前方に投げ出される可能性がありますが、車外への放出を防ぐ効果があります。
- 正しい着用方法:
- バックルをしっかりと差し込み、カチッと音がするまで固定します。
- ベルトがねじれていないことを確認します。
- 腰骨にしっかりと当たるように、ベルトの長さを調整します。ベルトが緩すぎると効果が半減します。
3点式シートベルト:腰と肩を固定するタイプ
「三点式シートベルト」は、自動車の一般的な座席に装備されているものと同じタイプで、腰部分に加え、肩から斜めに身体を横切るように固定するベルトが特徴です。高速バスや貸切バスの最前列や、比較的新しい車両の座席に多く採用されています。
- 特徴: 衝突時に身体全体をしっかりとホールドし、上半身の動きも抑制するため、2点式に比べてより高い乗員保護性能を持っています。
- 正しい着用方法:
- シートに深く腰掛け、背中を背もたれに密着させます。
- バックルをしっかりと差し込み、カチッと音がするまで固定します。
- 肩ベルトが鎖骨の中心を通るように、高さ調整を行います。首にかかるのは危険です。
- 腰ベルトが腰骨にしっかりと当たるように、たるみがないか確認し、調整します。
- ベルト全体がねじれていないことを確認します。
【図解イメージ】2点式シートベルト

シートベルト非着用によるリスクと罰則
シートベルトの着用義務があるバスにおいて、シートベルトを着用しないことには、様々なリスクが伴います。
事故発生時の深刻なリスク:シートベルト 非着用は危険
国土交通省の調査によると、バスの事故において、シートベルトを着用していなかった乗客の致死率は、着用していた乗客と比較して約14倍も高くなるというデータがあります。これは、シートベルトが衝突時の衝撃から乗客の身体を守り、車外への放出や車内での激しい衝突を防ぐ効果が非常に高いことを示しています。
もしシートベルトを着用せずに事故に遭遇した場合、以下のような危険性が高まります。
- 車外放出: 衝突の衝撃でバスの窓から投げ出され、重大な怪我や死亡に至るリスクがあります。
- 車内衝突: シートや手すり、他の乗客などに身体が強く打ち付けられ、骨折や内臓損傷などの重傷を負う可能性があります。
- 過失の認定: 万が一、事故の被害者となった場合でも、シートベルトを着用していなかったことで、ご自身の過失が認定され、損害賠償額が減額される可能性があります。
乗客への罰則は?バス会社への影響
高速バスや貸切バスで乗客がシートベルトを着用していなかったとしても、乗客自身に直接的な罰則(違反点数や罰金)はありません。これは、乗客の移動の自由や利便性を考慮しているためです。
しかし、運転手が乗客への着用を促さなかったり、バス会社がシートベルト設置義務を怠ったりした場合には、バス会社が道路交通法違反として行政処分を受ける可能性があります。行政処分には、事業改善命令や事業停止命令などがあり、バス会社の信用失墜や経営に大きな影響を与えます。そのため、バス会社は乗客の安全確保に最大限の努力を払い、シートベルト着用を徹底するよう努めています。
バス運転士から見たシートベルトの重要性
私自身も路線バス運転士として日々ハンドルを握っていますが、安全運転はもちろんのこと、お客様にシートベルトの重要性を理解していただくことの必要性を強く感じています。特に、急ブレーキや急ハンドルといった「危険回避」の操作が必要な場面では、シートベルトの有無がお客様の安全を大きく左右すると実感しています。
路線バス運転士のシートベルト着用義務
意外に思われるかもしれませんが、路線バスの運転手にはシートベルトの着用義務があります。これは、一般の自動車の運転手と同じく、道路交通法によって定められています。運転手自身がシートベルトを着用することで、万が一の事故の際に運転操作を継続できる可能性が高まり、お客様の安全確保にも繋がります。
補助席のシートベルト義務化と今後の展望
かつては補助席へのシートベルト設置義務はありませんでしたが、2016年(平成28年)11月の道路運送車両の保安基準等の改正により、補助席にもシートベルトの取り付けが義務化されました。これにより、原則としてすべての座席でシートベルトの着用が可能となり、バス全体の安全性が向上しました。ただし、古い車両にはまだシートベルトが装備されていない補助席もあります。
バス業界では、過去の痛ましい事故を教訓に、常に安全対策の見直しと強化が行われています。自動ブレーキシステムや車線逸脱警報システムといった先進安全装置の導入も進んでおり、技術と制度の両面から、より安全なバスの旅が実現されつつあります。
Q&A
Q1:バスでもシートベルトは義務ですか?
A1: バスでもシートベルトの着用が義務付けられている場合があります。具体的には、「高速バス」と「貸切バス」は運転手を含め全席でシートベルトの着用が義務です。一方、「路線バス」や「幼児バス(送迎バス、スクールバス)」の乗客には、現状で着用義務はありません。
Q2:路線バスはなぜシートベルトしなくて良いのですか?
A2: 路線バスは、短距離での移動が主で、頻繁な乗降や立ち乗りが想定されるため、シートベルトの設置や着用が義務付けられていません。これにより、運行の利便性が確保されています。しかし、運転手は急ブレーキなどを避ける安全運転に努めています。
Q3:幼児のシートベルトの着用義務は?幼児バスでも必要ですか?
A3: 現状では、幼児を乗せる送迎バスやスクールバス(幼児バス)には、幼児用のシートベルトの装備義務はありません。しかし、幼児の安全確保は喫緊の課題であり、国土交通省は2025年~2026年度を目途に幼児向けシートベルトの導入を検討しています。将来的には義務化される可能性が高いでしょう。
まとめ:バスのシートベルトは、路線・送迎・スクールバスでは運転手のみ義務、客席ベルトは不要
バスのシートベルトは、路線・送迎・スクールバスでは運転手のみ義務、客席ベルトは不要。高速・貸切バスでは全員に義務化され、未着用は会社に処分対象です。送迎バスでは今後幼児用ベルトの導入が検討中。
バスは私たちの生活を豊かにしてくれる便利な乗り物です。しかし、その安全は、バス会社の努力と、乗客一人ひとりの安全意識にかかっています。特にシートベルトの着用は、万が一の事故の際に、ご自身の命を守る最も基本的な行動です。